「欠損家庭」という言葉(智子)

ずいぶん長いこと、ブログを放置してしまいました。  公私ともにとっても忙しくて、気持ちの余裕がブログにまで至らなくて。

弁護士のサガか、「気楽に」文章を書くということがなんとなくできないというのもあって。  書くなら、「きちんと」書かねば、という意識が強いのです。

でも、ブログはもうちょっと、肩の力を抜いて、「気楽に」書いていけたらな、と思います。  まさに「雑記帳」の名前のとおり

さて、先日、ご相談者の口から飛び出したこの言葉。

「欠損家庭」

いうまでもなく、親のどちらかが「欠けている」家庭のことです。死別、離別、もともとシングルといった理由は問わず、その点では価値中立的とはいえるかもしれません。子どもの非行とか虐待とかを研究するうえでよく使われている言葉だと思います。

それにしても、イヤな言葉です。  でも、「結婚生活が辛い」と思って、離婚を考える方々の悩みを、これほど的確に表現している言葉もないのではないかと、しみじみ感じさせられました。

でもでも。  自信を持って欲しいです。  物理的に「欠損」している家庭ではなく、「機能的欠損家庭」と呼ばれる家庭が問題なのです。  形式的に両親がそろっていても、どちらかまたは両方の「機能」が「欠けている」家庭。

一方が他方に有形無形の暴力を振るう家庭はその一つの典型といえます。  自信を持って、そこから逃げて、そんな「家庭」は壊して欲しい。改めて、そう思いました。